あだり ほどり

思いついたまま書いているブログです。お付き合い下さい。

未亡人クラブ これは思い出話しです。行ってビックリ仰天、でも面白かった。

若かったね、どこにでも顔を出す

という訳ではありませんが、これは思い出です。

人って突然長い間忘れていた事を思い出したりしますね。

このお話しも畑へ行って白菜等の切り残した根などを処分していた時に

そう言えば、あれは楽しかったな。

と急に懐かしい思い出がよみがえってきました。

次回思い出すことがあるんだろうか、

覚えているうちに書いてみようと記事にしました。

別に思い出さなくても良いんですが。

 

目次

 

友達のお母さんはホステスさん

中学生の頃、ある友達がいました。今どうしているかな。

その友達のお母さんがたびたび私の母親に会いに来ていたので、

それで知り合いになりました。

このおばさんは水商売、ホステスさんです。

友達には四人の妹がいました。

事情は良く分かりませんが、おばさんは一人でこの子たちを育てていた

みたいです。

何かあると私の母親に相談に来ていました。

内容は分かりません。私の親は子供に人の家庭の話をする人間では

ありませんでしたから。

 

東京転勤で初めてバーに行く

バーとかクラブに行った事はありませんでした。

始めていくことになったのは東京へ行ってからです。

本社に転勤になったのは24歳ぐらいかな、銀座何丁目か忘れましたが、

数寄屋橋の近く京橋の近くだったと思います。

社長に連れられ初めて行ったのが、銀座のバーでした。

ドキドキでしたね。

バーてどんなところだろう、青年は胸をときめかして後をついて行きました。

綺麗な女性がいっぱいいた様なそんな気がします。

初めてだったので着飾った女性が美人に見えたのかも・・・

 

始めて飲んだウィスキーはまずかった。

ビールはたまに飲んでいましたが、何しろ給料が安かったので

高級な店というより飲み屋さんに入る余裕はありませんでした。

実家の生活が大変になり、 給料の半分は仕送りしていましたから。

貧乏とは思いませんが、飲み屋さんに行くお金が無かった。

 

いつの間にかバーへ行くようになる

仙台に戻り仲間とよく飲みに行きました。先輩とも。

先輩と行くとおごってくれますからね(笑)。

この頃は実家も経済状態が戻りつつあり、私もお付き合い程度に

飲み屋さんに行くようになりました。

 

この頃になるとせっかく覚えた標準語での話し方も

すっかり仙台弁に戻っていました。

やはり慣れ親しんだ地元の言葉が一番。

 

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大体居酒屋さんが多かったですね。

食事替わりです。独身でしたし、兄が結婚し、兄の隣の私の部屋をあけ渡すことに

なりましたので。アパートの一人暮らしですから、

帰ってからご飯の用意をするのは面倒でした。

鍋物が出るので居酒屋は良いですね。

焼肉屋も良く行きました。友達が経営している店がありましたから。

特にまけてもらった記憶はありませんが、美味かったのは覚えています。

 

仕事のお付き合いで飲むようになってからは、最後のしめでバーに行くように

なりました。

年上が多かったし、よくお得意さんはボトルを置いていましたしね。

 

会社からは接待費で飲むようにと言われていたので、自分の財布は傷みません。

私も真似をしてボトルを置く様になりました。

じっくり話ができる、落ち着いた店が好きでしたね。

 

若いもの同士の時は賑やかな店にも行きましたが

マハラジャとか深海魚とか今でもあるんでしょうか。 

 

その頃から友達のお母さんが働いている、小さなバーへ時々行くように

なりました。

 

未亡人クラブって何だべ

おばさんもいい年になりました。

中学校の友達の妹もいつの間にかホステスさんになっていましたし

妹から「うちのお母さんは今未亡人クラブで働いている」と聞かされました。

 

未亡人クラブ 初めて聞く名でした。

なんか胸がときめくのを感じたのを覚えています。

一緒に飲んでいた友達と顔を見合わせ、娘から場所を聞いて行くことに

決定。

 

行って見てビックリ、年寄ばっかりで自分の母親位で若いほうかな。

はっきり言って化け物屋敷みたいでした。

でも面白かった。最年長は80歳位くらいかな歩くのも危ないような。

話しが面白いですね。経験談がすごい。

 

他の店で飲んでいる友達に連絡して呼び寄せました。

店の半分は仲間で占められましたね。

 

たいして広い店ではありませんけれど、

「未亡人クラブにいる」と言っただけなのですが、

皆、何かを期待していたようでしたが。

そのうち諦めたのか、観念したのか皆飲み始めました。

あちらこちらで未亡人の( ? )身の上話や、ちょっと普段聞く事が出来ない

新鮮な話題で盛り上がり始めました。

 

なにしろ若かったですから、私たちは。

その後2回ほど行きましたが、自然と足が遠のいていきました。

飽きちゃったんですね。

 

我々の会話から未亡人クラブは出て来なくなりました。

今、皆さんどうしているのかな。

 

つまらない思い出話しでごめんなさい。

でも、若い頃って些細な事でわくわくしますよね。

最近無くなってきました・・・疲れているのかな。

 

そう言えば、ここ15年位クラブやバーに行っていませんね。

これも飽きたのかな、たまに行く居酒屋が一番落ち着きます。

 

 

ここまで読んで下さり、有難うございます。