hirono-adarihodori

思いついたまま書いているブログです。お付き合い下さい。

パレスチナ問題は何故起きたか

エルサレムは3つの宗派の聖地

パレスチナ問題を考える時エルサレムの事を知らなければなりません。

エルサレムとは

エルサレムユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地でもある。

等の歴史的な重要な遺跡があります。

各々の宗派では聖地として巡礼者が多く参拝に来ています。

 

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エルサレム旧市街
エルサレムは元々、古代イスラエルユダ王国の首都であった。

城壁に囲まれた0.9㎢のエルサレム旧市街は125㎢のエルサレム市内にあり、

キリスト教徒地区、ユダヤ教徒地区、ムスリム地区、アルメニア人地区の

4つに分かれてる。

 

なぜ、ここが紛争の地になったのか

イスラエルと周辺のアラブ国家とは1948年から4度大規模な戦争が起きている。

 第1次~第4次中東戦争と言われている。第4次中東戦争は1973年。

 

イスラエルにはアメリカ、イギリス、フランスが武器を供給し、アラブ側には

ソ連(現ロシア)が支援や武器を供給した。

 

代理戦争である。

 

後に中東地域の利権や武器を売買するためにイギリスやフランスはアラブ側に回ったり、中国やイランがアラブ側に支援したりした。いずれも、思想的なものではなく武器売買などの利権に絡むものであった。

 

ではパレスチナの騒動は如何にして始まったのか

 

今から3000年程前イスラエル王国というものが今のイスラエル地域にありました。

ユダヤ人がこの王国を納めていました。

 

皆さんもご存知のダビデ、ソロモン王とか聞いたことがありますよね。

 

そして、この地域はアジア、ヨーロッパ、北アフリカを結ぶ重要な位置にありました。

結果どの国でもこの地域を自分の領土としたいという願望があり、

色々な国や民族が入れ替わり支配を繰り返していました。

 

紀元前586年、新バビロニア。次いでローマ帝国によって征服されました。

 結果イスラエルの民は住む地を失い、多くは世界中に移住していきました。

 

そして614年にペルシャが進行し、イスラム帝国の領土となります。

 

これでこの地域の騒動の原因が始まります。
いろいろな国の支配を受け様々な宗教が混在していきます。


の3つの宗教の聖地となって行きます。

 

11世紀にキリスト教は十字軍を結成し、聖地奪還を目指しますが失敗します。

十字軍はかなりあくどい事をしたことが近年になって話題になっていますが・・・。

 

16世紀にはオスマン帝国がこの地域を征服し、その統治が400年も続きます。

オスマン帝国はこの地域を

パレスチナと呼ぶようになりました。

 

世界各地に離散したユダヤの民は各地で迫害を受けました。ユダヤ民族は優秀な人が多く、それを妬んでの事でした。

 

結果、故郷へ戻ってくる人が多くなりました。でもこの地域ーパレスチナには占領したアラブの人が既に住んでいました。

でも多少のいざこざはあったにしても割合穏やかに共存していました。

 

第1次世界大戦が勃発します。
社会の時間で習いましたね。

オスマン帝国はイギリス、フランス、ロシアと対立しました。

 

イギリスがとんでもない提案をします。

イギリスはアラブ人、イスラエル人にある話を持ち掛けます。

  • アラブ人には=イギリスに協力してくれればアラブ人の国家樹立に手を貸し。
  • ユダヤ人には=戦争の資金を出してくれればユダヤ人の国家樹立に協力くする。

これより、ユダヤ人とアラブ人双方の関係がこじれていきます。
しかし、イギリスは双方への約束を破りパレスチナ委任統治領としました。

これは第2次世界大戦後まで続いていきます。

イギリスの狡さから始まったのです。

 

その後ドイツの迫害により、ユダヤ人はパレスチナへ戻ってきます。

多い時は年間20万にのぼりました。

 

狭い土地にユダヤ人が急増していき、アラブ人との対立が目立っていきました。

 

第2次世界大戦後、イギリスはユダヤ人とアラブ人にパレスチナを分割してはと提案はするのですが、双方から拒否されます。

 

手を焼いたイギリスは国連に調停を頼みます。

 

国連の分割案とは
  • ユダヤ人に=水利が整っている地域
  • アラブ人に=荒地

この決定には当時のアメリカのトルーマン大統領の強い後押しがありました。

アメリカのニューヨークは大統領選に欠かせないところです。

そこに住んでいるイスラエル人の組織力と選挙時の投票率はかなりなものです。

 

結局自分の当選の為にユダヤ人の力が必要だったのです。

書いているうちに嫌になってきました。

 

この国連の分割案が承認され

イスラエルにとって念願の独立が宣言されました。

 

第1次中東戦争勃発

これに対して不満を募らせたアラブ人はエジプトや近隣のアラブ国家の協力のもと、

イスラエルに対し戦争を始めました。

パレスチナ戦争の始まりで、第4次中東戦争まで続きます。

 

現在でも、一触即発の事態は続いています。

 

アメリカ等の自己中心的なやり方が数多くの犠牲者を現在も作り出しています。

 

宗派を超え、人を大事にする真の指導者が現れ、

中東に平和が訪れる事を切に望みます。