hirono-adarihodori

思いついたまま書いているブログです。お付き合い下さい。

節分 豆いくつ食べた

福は家 鬼は外

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子供の頃、節分の夜に母親が炒った豆を桝にいっぱい入れて

家の中に向かって 福は家

家の外の向かって 鬼は外

と、先頭の父親が豆をまいていました。後ろからついて行く私たちは座敷にまかれた豆を拾って、夢中で食べた思い出があります。

 

兄弟で鬼の面を作って、じゃんけんで鬼に決まった家族に思いっきり豆をぶつけてケンカになったり・・・

兄弟で鬼の面を作って、じゃんけんで鬼に決まった家族に思いっきり豆をぶつけてケンカになったり・・・

 

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我が家だけではなく、何処の家でもやっている年中行事でした。

あちこちの家から、「福は家 鬼は外」と声が聞こえてきたのを覚えています。

 

最近、食べる時に汚くないように落花生を撒いたり、恵方巻を食べる様になってきました。まかれた豆を拾って食べるのは不衛生だとか・・・時代ですね。

 

 

恵方巻セブンイレブンがつけた名前らしく、元々は太巻きと呼ばれています。関西地方では節分に太巻きを食べていたのが最近全国区になったようです。

 

ところで節分はいつから始まったのでしょう。そしてその由来は。

節分の由来

中国から伝わってきた風習と言われています。

日本の文化は結構中国の影響を受けていますね。

節分とは読んで字のごとく季節を分けるという意味です。

 

いまでも立春立夏、立秋、立冬と4つに分けられていますね。

季節の分かれ目です。この節分となります。

 

徐々に2月4日頃が立春になったのは江戸時代からです。

以前は元旦を立春とされていました。大晦日が節分だったのです。

 

立春は1年で一番寒い日とされていますが、その後、徐々に寒さが緩んできます。

現在に至るまでに節分は立春を指すようになってきました。

 

昔、鬼がいた 

昔、世の中では、鬼、特に悪鬼がいると恐れられていました。宮中行事平安時代に昨年におこった災害や災いを清める為にお払いの行事がありました。

 

陰陽師が旧暦の節分の大晦日に、新たな年が幸福となるように厄払いをしました。

 

室町時代になると悪鬼を追い出すために豆をまくようになり、

一般の民衆も行うようになりました。

 

言い伝えでは、京の鞍馬というところに鬼が出て、人に危害を与える様になりました。大豆を鬼の目に投げるようにと毘沙門天のお告げがありました。そのおかげで鬼を退治できたという話です。

 

豆をまくと邪気を払うと思われていました。

昔は、1年間を無事に過ごしてきた人たち、天災や心ならずも戦いや病気で身内に不幸があった人等、様々な思いで1年を過ごしてきたでしょう。新しい年こそは良い年になるようにと、豆をまき、災いのもとは外へ出て行け幸福のみ家の中へ入れと願ったのではないでしょうか。

 

古来より人間の想像を超えた天災や疫病、そして飢餓でいたるところで餓死者があふれたり、どうにもならない現象は鬼の仕業と言われてきました。

 

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心から平穏を期待して豆をまいたのでしょうね。

ところで年齢より1つ多く食べると風邪をひかない丈夫な体になる、と信じられてきたのをご存知ですか。

 

お年を召したかた、無理して食べないで下さいね。

 

ちなみに

2018年から2020年まで立春は2月4日です。節分は前日の2月3日です。

地球の公転周期は約365.24ですが、1年365日と、うるう年等の影響で若干変動することがあります。