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幕末の四賢候 

徳川幕府の末期 四人の賢明な藩主がいた

幕末に藩政改革を実行し、阿部正弘が老中首座の時に有力な親藩、外様の大名も政治に参画させるべきと進言した。

 

背景には列強諸国のアジア侵略等に危機感を感じた事が大きい。

 

阿部正弘の急死後、井伊直弼と四賢候が将軍継承問題で対立した。

結果は井伊直弼の推す徳川慶福が将軍となり、突然死した島津斉彬を除く3人は隠居、謹慎を申しつけられた。

 

幕末の四賢候とは

福井藩第14代藩主 松平嘉永(春嶽)

土佐藩第15代藩主 山内豊信(容堂)

島津藩第11代藩主 島津斉彬

宇和島藩第8代藩主 伊達宗城

 

の四人である。

 

なぜ賢候と言われるのか。

藩政改革と幕府に対して現実に合った提言を行う。

 

福井藩第14代藩主 松平嘉永(春嶽)

11歳で福井藩の藩主となる。

徳川慶永、春嶽は号である

※号とは本名とは別に使用する名称

 

藩の財政基盤を盤石にするために、藩士の俸禄を3年間半減させた。

尚、自らの藩主としての出費も5年間削減した。

 

藩士の橋本佐内等に命じ、翻訳機関である蕃書調所を設置。

これは洋学教育機関で、幕府直轄であり、後の東京大学の源流機関の一つである。

また、軍制改革も行う。

 

橋本佐内は、井伊直弼による安政の大獄で捕縛され、獄死する。

春嶽は、さすがに徳川一門なので処刑されないが、隠居、謹慎を命じられる。

 

土佐藩第15代藩主 山内豊信(容堂)

この殿様も藩政改革を成し遂げようとしてはいました。

 

高知県の皆さんごめんなさい。

私はこの殿様が大嫌いです。

困った男としか思っていません。人の上に立つ人間とも思っていません。

 

理由は旧長曾我部の家臣を虐待し抜いたからです。

 

はっきり言って「賢い」とは思っていません。

この人間の為に何十人の有能な人が見殺しにされたか。

 

坂本龍馬も最後まで見捨てられました。

幕府の竜馬暗殺命令を知りながら、救助の手を差し述べませんでした。

 

本当かどうか分かりませんが

晩年「竜馬  許してくれ」

と言ったそうです。

 

今でも、アメリカで人種差別が問題になっていますが、

・・・大統領と同じで、上士が最高という迷信から遂に脱する事が出来なかった人間的には困った存在です。

 

疑問に思うのは、大した功績も無い(高知の皆さん御免なさい)初代土佐の藩主である一豊さんが、こういう旧長曾我部の家臣を差別した政策を決めたのかどうかは分かりませんが、考えられるのは旧家臣団が勇猛で優れた存在が怖くて徹底的に差別したとしか思えません。

 

自分の家臣と旧長曾我部の家臣を同じ様に扱う度量が無い。

 

アメリカの黒人に対する甚だしい人種差別と同じ様に。

 

元々の山内家直属の上士達も、竜馬たちの行動でやっと世の中の情勢を知り、殿さんを超えて活躍していくようになります。

 

でも、思います。

私の先祖が土佐に生まれなくて良かった。

 

唯一、役に立ったのは

坂本龍馬の考えた「船中八策」を基に後藤象二郎に説得され、徳川慶喜に対して大政奉還を勧めた事です。

 

あとは早い時間から酒を飲み、体を壊し早く亡くなった。

私の彼に対する印象はそれだけ。

  

 

島津藩第11代藩主 島津斉彬

大河ドラマ渡辺謙が素晴らしい演技を見せてくれました。

島津斉彬は本当に賢侯です。

詳しくは、下記の記事をお読みください。

 

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宇和島藩第8代藩主 伊達宗城

仙台藩伊達政宗の長男、政宗大阪冬の陣の功績により伊予宇和島10万石を拝領。

冬の陣に初陣として政宗とともに参陣した秀宗が伊達家の別家として初代藩主となる。

 

幕末の宗城は、藩財政がひっ迫しているのを立て直す。

長州の人 村田蔵六(後の大村益次郎)を借り受け藩の群生を近代化した。

大村益次郎は長州の蘭医ですが、蘭学に秀ており、軍楽にも秀ていました。

 後に長州藩士として採用され長州に戻ります。高杉晋作奇兵隊を組織すると指導を

 頼まれました。戊辰戦争で軍才目覚ましく彰義隊が立てこもる上野では1日で勝敗を

 決めました。

イギリス公使ハリー等外国の要人とも積極的に交流している。

 

以上、この4人は他の大名とは違い積極的に藩財政を改革、軍備の近代化を積極的に推進しました。

 

藩財政を圧迫していた最も大きな原因は「参勤交代」です。

国元と江戸への定められた大名行列で藩の財政は極端に悪くなります。

 

徳川幕府へ背く事が出来ない様にする為の政策でした。

この4人の大名は、あくまで幕府を生かす事を中心に考えていました。

 

幕府が政権能力を既に失っている事に、気づいていたのかどうか。

疑問ですね。