hirono-adarihodori

思いついたまま書いているブログです。お付き合い下さい。

海はいいねー、やっぱり海が好きだったんだ。あの日以来、海水浴も釣りを止めていた。

海にはいろいろな思い出がある

海は良いなー、でっかくてさ、綺麗だ。

僕はやっぱり海が好きなんだ。

 

加山雄三の歌に出て来るセリフです。

 

なんか突然、このセリフが頭の中に浮かんできました。

人間て面白いものですね。

 

ずーと忘れていた事が甦るなんて

 

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私も海が好きです。

中・高校の時は友達と自転車で、仙台市中心部から七ヶ浜の菖蒲田浜まで海水浴に度々行きました。

 

片道19キロ位はあると思いますよ。

母親に作ってもらったおにぎり入りのバックを背にして、さっそーと美少年(?)たちは・・・

風の様に疾走します。

 

泳ぐのが一応の目的ですが、

もっと楽しい事を期待して、

 

皆さんお分かりですね。

 

可愛い彼女を見つける為です。

もしかして、仲良くなれるかも・・・。

 

妄想を抱きながら・・・。

でも、我々が胸に描く妄想は健全というか、たわいも無い妄想です。

 

でも、殆んどは膝小僧を抱いて可愛い女の子を遠くから眺めている

たわいも無い連中です。

 

腹が減ると、持参したおにぎりを食べます。

塩が効いて美味しいです。

特に塩漬けしたシソに巻かれたおにぎりは最高ですね。

 

一日中太陽に体をさらしていました。でも、誰も日射病、いや熱中症にならない。

塩のばっちり効いた物を食べてたせいかな。

 

普段から、めいっぱい動きましたからね。

殆んどの友達が、自分を含めて水泳部です。

 

いくら、塩分をとっても取りすぎるという事はありませんでした。

今だったら医者が大騒ぎしますよね。

 

今、テレビで金スマSPをやっています。

みやぞん、良いですね。お母さんも。

 

自分らの子供時代を思い出します。

あの頃のお母さんは太っ腹でおおらかな人が多かったですね。

 

お母さんと言えば、小学校の時に「何でも良いから思っている事を言いなさい」

と、先生が言いました。

 

順番に皆、それぞれ話していましたが。

ある男の子が

「家の母ちゃん、すぐキンキラ声で騒ぐ」

皆大笑いでした。

 

ただ、何人かは笑いませんでした。

私もです。

「キンキラ声」の意味が分からないのです。

 

きょとんとしていると、

思いもかけない事が起きました。

 

先生が声を上げて泣き始めたのです。

 

今度は全員がきょとんとしていました。

 

生徒は誰も声を出しません。先生の泣き声が教室の中で響いています。

 

隣の教室から女の先生が入ってきて、泣いている我々の男の先生を

抱きかかえて教室から出ていきます。

 

教室は静まり返ったままで、誰も声を発しません。

 

今日はこんな事まで思い出してしまいました。

 

変な日です。

 

話を戻します。

愛すべき純情すぎてモテない男たちの話へ。

 

おもいっきり泳いで、おもいっきりかわいい子を眺めて

夕陽を見ながら、日焼けでヒリヒリする体に風を受けながら

自転車を走らせて帰路につきます。

 

とにかく海が好きでした。

 

ある日までは

高校3年生の時、2番目の兄に誘われ、会社の海水浴へ。

 

でも、なかなか兄は出かけようとしません。

やっと家を出ました。

 

暑い日でした。

私は着くとすぐに海に飛び込みました。

 

100m位かな、【これ以上沖に行っては駄目】のブイが連なるラインを超えて泳いでいました。

 

ここまで来る人は余りいません。

 

浅いところまで戻ってくると、兄がいました。

 

チョット会話してから砂浜へ向かいました。

後ろで、兄の声がしたような

 

振り向けば良かったんです。

 

直ぐに戻ってきたんですが、

何処を探しても兄がいません。

 

余り泳げない兄が深いところにいるわけが無いし、

何か不安な気持ちが、つのってきました。

 

海水浴場を行ったりきたり、どこにも兄はいません。

途中であった顔見知りの兄の会社仲間に聞いても「見なかったよ」の返事ばかり。

 

監視員に相談に行きました。

 

アナウンスが流されましたが兄は来ません。

家へ電話したり、お巡りさんに事情徴収されたり、新聞記者にやつぎばやに質問されたり。

 

一番辛かったのは駆けつけた親の顔を見た時・・・。

 

兄の会社はヘリコプターをチャーターして探してくれました。

 

1週間も・・・。

毎日、兄を探します。

母と兄たちと一緒に町が用意してくれた家で寝泊まりしました。

 

連絡が入りました。

閖上浜に漁船の網に人が絡み付いて上がってきた】。

 

大分離れた浜です。

 

「お前は来なくていいよ。家に帰りなさい」。

母に言われました。

 

後で、兄から言われました。

未成年には見せない方が良いと関係者から言われたそうです。

 

母と長男が閖上浜へ行きました。

 

遺体収容所には何組かの別な人たちがいたそうです。

行方不明になったのは兄だけではありませんでした。

 

「私の子だ」と言い張る親がいましたが、

私の母は兄が通っていた歯医者さんを呼んでいました。

 

決め手は歯の治療でした。

 

兄と断定されました。

 

海で溺れると、虫や魚、カニに鼻とか出ているところは食べられ、「のっぺらぼー」に

なるそうです。

 

気丈な母ですが、夜中にすすり泣く声が聞こえると辛かったです。

 

「お前が殺した」

直ぐ上の兄に言われました。

 

兄は余り泳げない。自分は水泳部のキャプテン。

今でも思います。

 

後ろを振り返れば・・・。

海に行かなくなりました。

 

病弱だった父は2年後に他界しました。

かなりショックを受けていましたから、

 

それから時間は流れます。

愛すべき純情少年たちは社会人となって行きます。

 

私も、高校へ出て専門学校に進み、とある会社に就職しました。

 

私は働き始めてから間もなく、先輩に誘われました。

 

海はあれから遊びでは行っていません。

 

でも、好きな先輩なので、断れなくて行くことに。

 

ところが大変。

初めて釣り船に乗った時に、生まれて初めて船酔いをしました。

波も無く、鏡の様な海面でした。

 

高校生の頃は仲良くなった漁師さんから、木造船の漕ぎ方を教えてもらいました。

その船は櫓でこぎます。

 

結構、早くこぐ事が出来る様になり、

漁師さんから褒められ有頂天になった事があります。

 

それ程、船が好きだったのに、何故。

 

不思議ですけど、本当に苦しかった。

 

2週間位経ったある日、同じ先輩から

「また釣り船に乗るけど、どうする。」

 

一瞬ためらいましたが、

「行きます」

 

言った後にチョット後悔しましたが、苦手なままでは嫌なので

また船に乗る事にしました。

 

また酔ったら嫌だな・・・

 

でも、酔いませんでした。

不思議でした。

この前の経験は何だったのだろう。

 

船に乗る時に、わずかに船が揺れても、目が落ち着かないから酔うのかなー

と、漠然とした感じがありました。

 

人って面白いもので、

自分で車を運転すると酔わないけれど、乗せてもらうと車酔いする。

 

よく聞く話ですよね。

これを参考にして何となく考え付いた事があります。

船に弱い方にとって参考になるかもしれません。

 

船に乗ったら

「下を向いて、海面ばかり見ない」

「島は動かないから、島の形を見る」

「島が見えない時は水平線を見る」

「楽しい事を考える」

 「なるべく船に接する体の面積を多くする」

 

要するに、目を落ち着かせるという事です。

 

全然、船酔いをしませんでした。

その後、波が高く、多少海が荒れても

船酔いをしなくなりました。

 

仲間が殆んど船酔いしても、関係なく悠然と釣りをする様になりました。

船酔いって、今思うと気分的なものが原因では・・・。

 

岩手県に久慈という地域があります。

「海女ちゃん」でしたっけ、結構人気の高い朝ドラがありましたね。

 

会社の慰安旅行で久慈へ行きました。

船釣りが予定に入っていました。

 

場所は岩場です。

こんな波の凄いところは初めてです。

岩に打ち寄せる波がぶつかり合って揺れる事揺れる事。

 

「もう、止めよう」殆んどの人が船の中で横になっています。

私と我慢強い社長の二人だけが、釣りを続けています。

 

30㎝から40㎝のねう(あいなめ)が、思います。面白いように釣れます。

あっという間に、二人のクーラーボックスは一杯になりました。

 

やっと船着場に戻れる。

横になっている人達は、迷惑そうな顔をして私たちを見ています。

 

サッサと止めて帰れば良かったなと後で思いましたけど。

 

それ程、船には強くなりました。

 

 

でも、気になる事があります

釣りをした人は分かると思いますが、

 

針が付いたままの仕掛けやテグスが、根掛で海底に引っかかったままになります。

 

魚に影響が無いのだろうか

 

仕掛けによっては針が複数ついています。

針に引っかかったままで動きが取れづに、死んでしまう魚もいるんだろうな。

 

釣りを止めた

震災以来、私は海釣りを止めました。

 

何故かって

 

まだ、大勢の人が行方不明のままだからです。

2000人以上の人がまだ見つかりません。

 

人が海で死んだらどうなるか私は知っています。

とてもできません。

 

震災後1か月もしないのに、数人の自転車に乗った子供たちが釣り竿を抱えて海に向かう姿を見ました。

 

私には考えられません。

 

余談ですが、仕事仲間に聞いた話です。

震災間もなく、さだまさしさんかと思いますが

 

石巻のある地区のお寺で被災者の為にコンサートを開きました。

歌を歌っている時に、彼は突然歌うのを止めました。

 

被災者の後ろに亡くなった人たちが集まっていた・・・と。

彼らも、さだまさしの歌を聞きに来た。

 

彼は霊感が強いので見えたのだろう。

と、その仲間は言いました。

 

それを聞いた私たちは

誰も否定しませんでした。

これは、真偽のほどは分かりません。

 

震災の時私たちは、とても言葉に出せない話をよく耳にしました。

非常時の人間の残虐な行動を。

 

記事として書けません。

 

久しぶりに菖蒲田に行く

10年ぶりかな、仕事の都合で久しぶりに菖蒲田浜へ行きました。

夏の光で、きらきら光る波打ち際に立っていると、

 

なんか心が和んできます。

癒されるというのかな。

 

やっぱり、僕は海が好きなんだ。

 

兄貴を奪った海なのに・・・。

 

 

今日は、とても変な日です。

記事を書いているうちに、長い間、心の中に密閉してきた事が甦ってきてしまいました。

 

海で遊ぶ時は、くれぐれも用心深く。

海は楽しいですが、危険と隣り合わせ。もろ刃の剣です。

 

 

ここまで読んで下さった方、有難うございます。